誰かの平和な時間の裏側で

居場所を変えると、世界が変わる。

ステージを変えることで、見える景色もマインドも化学変化が起きて様々に変容していく。

どこに行きたいか、
誰と歩みたいか、
その選択を自由にできることに感謝する。

全ての事象に対して何がきっかけかというと、
生い立ち含むバックグラウンドであったり、
人との出会いが主なわけで。

改めて、
人とご縁をいただける人生であることや、
そういう人生を思いきり楽しむスキルを育ててくれた両親に心から感謝しています。

食べたいものを食べたい時に食べれる幸せ、
時間の使い方を自由にコントロールできる幸せ、
そういうことへのありがたみを心の底から感じた一日。

今日も悲しい事件がありましたね。

今朝起きた殺傷事件のニュースを見て、
私は親の立場からただただ怒りと憎悪が込み上げました。

今朝起きた殺傷事件のニュースを娘が見て、
『みんなが可哀想な事件だね』と言いました。

【みんな】には、犯人も含まれています。

『事件に巻き込まれて死んじゃった人も、怖い思いをした人も、犯人も、みんな可哀想だよ。死んじゃった女の子は今がすごく楽しくてこれからももっと楽しいことがいっぱいあったのに。犯人はどうしてそんなことをしたんだろう?』

『そんなことをしてしまった犯人も可哀想だね』

そう呟いた娘の言葉を聴いて、
立場によってはきっと違う言葉を選ぶことになるのだろうけど、ただ憎んだり怒ったりそういう負の感情を第三者の立場として勢いに任せて口にするのではなく、事実として表面的に見えるものの裏や側面に位置する理解し難い何ものかを両極もしくは多方向から見れるのは子どもならではなのか、それともそういう人間なのか…

それも定かではないけれど、
そういうふうに自分を哀れむ人間もいるということを知ったとしたら、悲しい事件を起こす人も少なくなるのかなぁと思ったりしました。

『生きるってこんなに楽しいのに』
と、いつか娘が言った言葉が胸に刻まれています。

ニュースを観ながら目を擦っていたのをキッチンから見て、悲しくなるからもうニュースを観るのはやめようと言った娘を見て、そのまま優しく育つといいなと心から思いました。

今日も明日に命を繋げられることに感謝ですね。

世界から悲しい事件がなくなりますように。

mana

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