頑張るの諦めた☆

スタジオの大掃除をしながら

心の棚卸し。

今年1年を振り返ってると

ある単語がバーンと脳裏に出現。

「葛藤」

ええ〜(´・_・`)?って思っちゃった。笑

でも、

よくよく思い返すと今年は、

たしかに、

公私ともに広範囲にわたって

今まで関わりえなかったような事象に対し、

ずーっと絶えず自問自答してたなぁと思います。笑

今年もみんなといろんなドラマを分かち合った✨

暗黒の昨年から(笑)

本来の自分を取り戻したいと願っても

どうすればいいのかわからず、

前半は苦しかった。

後半は、わたしらしく楽しく生きると決め、

仕事や人間関係で、

自分を犠牲にしすぎないように

意識してきた。

そして締めくくりのこの時期になると、

強烈に押し寄せてくる緊迫感と

あの光景とあの感情。

あれからもう4年も経とうとするのに

心から穏やかに年越せるには、

まだ時間がかかるのか…と

考えると哀しくなる。

今を懸命に生きてたら過去を思い出す暇なんてないはずだ、と言う方もおられます。

他のことに関しては、うんその通り、と共感するんだけど、

その人がわたしと同じ経験をしたわけじゃないし、

その人はわたしじゃないから、

こればっかりは仕方ないし、

反論する気も起きない。

どうにも始末におえないこの記憶。

どんなに笑っても強がっても、

あの時の苦痛と喪失から、

まだまだなんにも乗り越えられていなかったんだ、

と気づいた。

人は生まれ変わるときに、 大きな痛みを伴うといいます。

だから、

押し寄せる恐れをぬぐうことや

忘れようと頑張ることを、

もう諦めることにしました。笑

そんなことに頑張るパワーを使うのもったいない!!バカバカしい!!

と思っちゃった😂

押し寄せてきたら

抵抗せず吐き出して、

我慢せず泣いて浄化する。

“わたしはまだ4年前を乗り越えきれてない”

とわかった今

もう「葛藤」はおわりです。

このどうしようもない緊迫感は、

神様からのギフトとして受け容れる、と、

決めました。

15年ぶりに取得🤣一歩づつ🌈 over the rainbow🏳️‍🌈

めぐりん

矯正日記・序☆

わたくしごとでなんですが、先月から歯列矯正が始まりました。

最低でも3年はかかるそうです。
3年後、わたしは50になります。

この年齢でいまさらなんのために、と本人が一番感じているところですが、
やるに至った経緯と、
これからの体験は、
誰かの何かの役に立つ気がしたので(立たない気もする笑)
記録として残していこうと思います。

今年初め、定期的にクリーニングに通っている歯科を変えました。
施術後、即、「至急、お話があるので1時間ほど時間つくってください」と言われました。

”お話”の内容は、外科手術の勧めでした。

長~いお話だったのですが、ここではできるだけ簡潔にまとめると、

・特別見た目が悪いわけではないけれど、機能していない歯が多い。
・理由は、先天的な骨格異常。
・このままだと、どんなに手入れしていても歯茎の寿命はもって5年。
・その間、様々な身体的疾患や不調に悩まされる可能性は大。
・いままだ土台がしっかりしているから年齢的にもラストチャンス。
という内容。

ここ数年、”様々な身体的疾患や不調” に思い当たる節がたくさんありました。
その疾患は元々原因が他にあったため、とうに自覚し気をつけていましたが、
まさか歯も要因のひとつである可能性がある、とは思ってもみませんでした。

実は、歯列矯正は幼少のころから歯科検診のたびに勧められていました。

どの歯科医に変わっても同じでした。
けれど、見た目的にはさほどひどくもなく、当時はいまほど矯正がメジャーではなく、高額なこともあり、本人も親も「必要ないよね」とスルーしていました。
その結果、なんとラストチャンスの年齢になってしまっていたという(笑)

外科手術の説明を聞いてみるとそれは整形外科そのもの。
入院1ヶ月、半年間はしゃべることが困難になり、運動は禁止。
いまの私にとっては、そんなバカな、です。即答、NO、です。

手術しない選択は、手術するよりも苦労が長く伴うことになるよ、と説得されました。

あと5年間、なんとかもてばそれでいい。
そのあとの人生は、どうでもいい。
いま不自由になるのは絶対いやだ、と頑として抵抗しました。

ただ、その5年間は元気で過ごせないと意味がない。
見た目の美しさとかはどうでもいいから、なんとか手術以外の方法はないのか、と
2人の歯科医師に何度も詰め寄り、2件の検査通院が約5ヶ月続きました。

撮ったレントゲンの回数と枚数は半端なく、何度も顎が外れそうになりました。笑

そしてついに、

「手術以外の方法、歯列矯正でどこまで改善できるかやってみますか?ただし、”完治”ではなく、あくまで”改善の可能性”です。」

お金と時間、手間もかかる、けれどもう迷いは全くありませんでした。

「それでいいです。ありがとうございます。宜しくお願いします!」

本当にありがたかった。

「では、矯正の説明をしますね。まず、歯を5本抜きます。」

えーーーーーっ!!!

数十年間、大切にクリーニングし続けていた歯を5本も。。。泣

抜歯された歯は、

今後、身体を大切に扱う自分との約束のためにお守り袋に入れて持ち歩いてます。

そして、わたしが選択した歯列矯正は《インビザライン》というものでした。

つづきは後日。

不定期にレポしますね。

歯って、
思ってる以上にあまり知られていない大事な役割があります。

今年は、お医者さんとの新たな出会いに恵まれた1年でした。

なすすべがない、というのは本当につらいことで、
完治には至らなくとも、なにかしら施せることがある、
というのは、希望にあふれた有り難いことでした。
ご紹介くださったご縁に感謝✨

めぐりん

モヤモヤ観賞☆

シングルマザーなりたて当時、
仕事に関すること以外で人と会うことなんて考えられなかった。

ツライことや苦しいことを“我慢するのが当たり前”のことだと思ってた。
欲を抑えるのが人間なんだから、と捉えてた。

ママ友が欲しいとかプライベートな時間を作ろうとかいう
そもそもの発想が消滅してたし、
その頃の私にはそんなこと許されない、とも思ってた。

今から振り返ると、自らで作り上げた暗黒の強迫観念だったなぁ〜と思う。笑

ようやく京都に「居」を取り戻し始めた頃に、
インストラクターの飲み会に誘ってもらった。
すごく嬉しかったあの感情はいまだに鮮明です。

けれど罪悪感も同時に湧いてきて

「これは仕事付き合いだから…」

と自分に何度も言い聞かせてから参加したことも
はっきりと記憶に残ってます。笑笑

昨日は諸々の合間を縫って、友人みかさんが演出されているということで
どうしても行きたかった演劇観賞に。

ストーリーは、スペインの古典戯曲。
登場人物は8歳になる四姉妹のみ。
場面は寝室のみ。
背景はフランシスコ・フランコ独裁政権時代ということで、
「う〜ん、ピンとこないぞ、、、わたし大丈夫か?」と不安がよぎりましたが
開演前のディレクターさんの解説は非常に有り難かったです✨

そんな内容なだけに、
現代日本にのうのうと暮らしてるわたしとは
なんの接点もない舞台設定なのに
シングルマザーなりたてホヤホヤの頃を
思い出さされた公演でした。

宗教に限らず、なんらかの規則やルールは
そもそも何のために作られたのか。

正確に受け継がれていることはいったいどれほどなんだろう。

解釈のしかたの異なりを生み出すのは
やはりその人を取り巻く環境の異なりなんだろうけれど
今の時代でも、強い影響下に流されてしまう人は、案外少なくない。
感じる幸福感もまた、環境によって左右されるのなら
そういった中で生まれ育つこども達の選択の自由は…?

時代も文化も背景も状況も、発展・進化しているように見えても
昔から変わらず人間は延々と同じようにループし続けてるってことかなぁ〜

…というのが、私なりにこの演目から感じたモヤモヤ。笑

答えのないのが答えだから面白い。

“モヤモヤして欲しい” 演出家の思惑に、まんまとハマった観客でした。笑

ハマりすぎて一枚も写真撮れず😂

めぐりん

吾れ唯だ足るを知る☆

足るを知る。

この言葉を聞くとすぐ脳裏に浮かぶのが

幼い頃から親しみある龍安寺です。

こんなに近所に生まれ育ち暮らしながら

境内にある「吾唯足知」と刻まれた蹲踞を

実際に見た記憶はたった一回だけ。

久しぶりに新幹線乗ったらホームの広告が変わってました🍀

なんとも恵まれた環境に置かれていたことを改めて感じつつ、

満たされていることへの感謝と、

未来を創造することへの希望が

時折衝突します。笑

京都に根付く産業✨

それは“吾れ唯だ足るを知れてない”からですが(笑)

そんな不完全な自分でも、

こうやって世に存在できていることを思うと

いろんなことに手を合わせたくなりますね

さて、10日切りましたー!!!

初めてのことだらけでヒヤヒヤ😅💦

バタバタとワクワクです❗️

なんだかんだで

この感じがたまらんく愉しいのかも!🤣笑

めぐりん

星を創りました☆

先日、星を創らせてもらいました⭐︎

星、好きなんです😊

幼い頃、宇宙図鑑やプラネタリウムや星座表にハマってました。

代替わりしながら今もいつでも読める傍らに置いてます🌍

星が生まれるまでの過程は

万物の真理だなぁと思う。

恒星であっても生まれてすぐには輝かない。

輝きを放つ過程は

万物の創造に当てはまる。

マイナスとプラスはどちらも必要不可欠。

摩擦から輝きが始まる。

マイナスは悪と限らないしプラスが善とは限らない。

ただそういう呼び名がついてるだけ。

雄しべと雌しべ、みたいな。

優も劣も

後も先も

大も小も

正も負も

強も弱も

ただの表現記号。

甘い!優しすぎる!それは弱さだ!

とかよく言われてきましたが、

それでもやっぱり、

どの空間、どの立場でも

まぁるいカタチにしていくし

そういう空間に存在していく生き方を望む。

ダウン症の書家、金澤翔子さんの書🖌

めぐりん