いつのときも

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本日は人の話を聞く機会が多くありました。

立場が変われば世界も変わる。

ビジネス系とは違った別の世界の方の意見をが生で聞けて非常に興味深いものでした。
  
  
  
しかし、そんな話の中に共通するものがあります。

そういった共通点を目のあたりにすると、それこそが本質なんだなと思いますね。
  
  
  
本質において一致

行動において自由

すべてにおいて信頼
  
  
  
キリスト教の教えらしいのですが、素晴らしい言葉です。

昔からある格言や名言が今現在も通用するのは、やはり本質というものは存在し、それは時代に関わらず、不変なものだと理解できますね。
  
  
  
本質を見抜け、そして見失わない自分で在りたいものです。
  
  
  


当たり前

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本日はある方のお見舞いに行ってきました。

とても元気良く安心しました。
  
  
  
健康。

当たり前のようで当たり前でないものです。

忘れてはいけませんね。
  
  
  


新しき出会い

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本日は朝から東京へ行ってきました。

既存と少し違う視点でのアプローチ。

新しい発見もあれば、当然新しい出会いもありました。
  
  
見ている人は見ている。

考えている人は考えているなと。

そんな当たり前のことを実感できる日でした。
  
  
自分が大切だと感じることは、やはり大切にしないといけませんね。

そこに価値があり、そこへ向かうことで自分の本質も見えてくる。

色んなことを学べた充実した一日でした。
  
  


3カンシン

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無関心と聞くとどんなイメージを持ちますか?

一般的にはよくないことのイメージが強い気がします。

意味としても「気にかけないこと」や「興味を示さないこと」といった感じでしょうか。

しかしこの「気にかけないこと」や「興味を示さないこと」というのは結構曖昧ですね。
 
 
 
私は無関心と聞くと

「あなた私のことなんか関心がないでしょ?!」

「そんなことないよ!!お前のことはしっかりと見ているよ!!!!!」

「だったら何でこうなのよ!!!!」

なんていう夫婦やカップルでの喧嘩の場面が思い浮かびます。
 
 
 
ある方が無関心という言葉を上手に表現されていました。

無関心には3つある。

「無観心」
観る(見る)ことができるのに観よう(見よう)としない。現実を知ろうとしない。

「無感心」
感じることができるのに感じようとしない。相手の痛みや周囲の痛みや自分の痛みすら感じようとしない。

「無関心」
力があるのに、関わる立場にいるのに関わろうとしない。何も動こうとしない。
 
 
 
なるほどと思いますね。

例え「観ている」としても、「感じること」「関わること」をしなければ、
「無感心」であり「無関心」なんですね。
 
 
 
この3つの「カンシン」がしっかりと持てたら、本当に色んなものが変わる気がします。
 
 


苦境は最大の機会

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覚えておいてもらいたいのは、知恵や心の強さを獲得できる最大の機会は、だいたいが最大の苦境にあるときだということです。

〜ダライ・ラマ14世〜
 
 
 
苦しくも大変な時は誰にもあるものです。

そんな時はこの言葉を思い出したいものです。
 
 
 
苦しい経験からも生まれるもの、そして得るものは必ずあるものです。

それを信じ、自分のやるべきことを腐らず精一杯やることが大切ですね。