比べる意味

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先日カフェへ行きました。

残念ながらお店の方の対応、雰囲気を含めて良いカフェとは思えませんでした。
  
  
  
そこで、なぜ良くないと感じたのかを考えてみました。

その理由は、私にとっての良いカフェを知っていからなんですね。
  
つまり、いつも行っているお店と無意識に比べているのですね。
  
  
  
そう考えたら、比べるからこそそれぞれの価値がより分かるのだと思います。

であれば、良くないカフェの経験は、良いカフェの価値を高めてくれるのに多いに役立っているといえます。
  
  
  
やはり良い経験も、良くない経験も両方味わうことが非常に大切だということですね。
  
  
  
誰もが良い経験だけを求めようと思います。しかし悪い経験もしっかりとしないといけませんね。
  
  
  
  
本日も良い1日を。


違いを生む時間

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オリンピック選手。

皆メダルを目指し、科学的根拠に基づいて、高いレベルの練習を必死に行われていると思います。

しかし、メダルを取れるのは3人のみ。

どこでその違いが生まれるのでしょう。
 
 
 
オリンピック選手ともなれば、素質はもちろん、トレーニング内容や方法も超一流。

そこにある選手間の違いは微々たるものだそうです。
 
 
 
しかしトレーニング以外の時間の過ごし方は様々なようです。

実はそのトレーニング以外の時間の過ごし方が、練習の集中力、吸収力、そして本番での強さの違いを生むとのことです。
 
 
 
そう考えると私たちはどうなのでしょう?

仕事の時間は当然一生懸命にやるとしても、仕事以外の時間をどのように過ごすのか。
 
 
 
何を感じ、何を考え、何をする。

その時間の使い方はやはり大きな違いを生むのでしょうね。
 
 
 
本日も良い1日を。
 
 


小学生と大人

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小学生の登校風景に出会いました。
 
 
 
何となく見ていると、集団登校中ある小学生が転びました。

転んだ小学生は転んだまま、しばらく泣いていました。

しかし少し経つと、泣きながら自分で起き上がり、

仲間に置いてかれないよう、走って集団に向かいました。
 
 
 
転んだ理由を他のせいにしない。

泣いていても解決しないと知る。

痛いけれど自分で行動する。

低学年のその小学生には、それが当たり前なんですね。
 
 
 
うまくいかない理由を他のせいにしない。

言い訳や文句、泣き言を言っているだけでは解決しないと知る。

面倒だ、大変だ、やりたくないと思いつつも自分が率先して行動する。
 
 
 
それを当たり前にできる大人で在りたいですね。
 
 
 
本日も良い一日を。


当事者と無関係

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先日当事者意識について書きましたが、

当事者意識を持たなくなると、別のものが出てきやすくなります。

それは責任転換。

 
 
面倒だから私はやらない。

自分には関係ないから、別のところに責任がある。

私は関わっていないから、他の人に責任がある。

 
 
そうやって他に責任を押し付けてしまう。

責任転換をすれば、大事なものを見失ったり、自分と向き合う機会さえも失ってしまいます。

 
 
当事者意識を持つかどうかは自分が決めることですが、

それは責任転換になっていないかを同時に考えないといけませんね。
 
 
 
本日も良い一日を。


決めつけ

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人のことを「こういう人」と決めつけてしまうことがあると思います。
 
 
 
例えば

「あの人は自分とは合わない」

「あの人は嫌な人だ」

といった感じ。
 
 
 
自分とは合わないと決めてしまったら、自分と合わないところばかりに目がいってしまいます。

嫌な人と決めつけてしまったら、嫌なところばかりに目がいってしまいます。

つまり決めるということは、他の部分を見えにくくするという傾向があります。
 
 
 
合わない部分や、嫌な部分があることは仕方のないことですが、

そこにばかり意識がいってしまうと、その人の良いところを見失いがちになります。
 
 
 
人を決めつけず、しっかりと見れば、その人の素晴らしいところも必ず見つかりますね。
 
 
 
 
 
本日も良い一日を。