誕生秘話 その3
ツボバーと約15年間共に歩んできました(笑)
その間、36歳で現役引退してからデスクワークが多くなり
ツボバーを使い身体をほぐす時間が多くなり
一層仲良くなりました。(笑)
長年連れ添うと
感情の変化が徐々に表れてきました。
今までと違った感情が芽生えてくるのが
自分でもはっきりとわかりました。
今までは
自分の為に使用してきました。
この素晴らしいツールを復活させたい!
よし!やるぞ!と決断いたしたのが
2013年頃でした。
まずは
現在、どこかで製作していないのか
様々な手段で探しましたが
作っていないのがわかりました。
協会が消滅後
どこかの会社がツボバーを真似て作っていた時期があった事が
わかりましたが現在製造中止していました。
ツボバーを復活させる為には
2つの事を手がけていかないといけない
1.ツール製作
2.プログラム製作
しかし
その前に重要な事がありました
それは・・・
開発者の中村慎二氏に会って
お話をさせて頂くことです。
やはり
ツボバーは中村氏があってこそ
この世に生まれたものなので
中村氏に会って話をしていくことが
道理だと思い10年ぶり?くらいに連絡をし
お会いする事になりました。
こちらが中村慎二氏です

※画像は元気工房からお借りしました

※実際にツボバーを指導している中村氏
実際にこちらのスタジオに伺って
いろんなお話を聞かせて頂きました。
約10年振りにお会いしましたが
中村氏は年をとらないのでは?というくらい
以前のままのお姿でした。
そして
変わらず気さくでユーモアたっぷりの中村氏
そのお陰で私も緊張がほぐれてお話をする
事ができました。
お話をした事を大きくまとめると3つのことです
1.ツボバー製作のこと
2.協会を廃止したこと
3.今後、梅村がツボバーを復活させても良いのか
1.ツボバー製作のこと
通常、ツールを製作する場合、業者さんに設計をお願いするのですが
な、なんと中村氏は自分でCAD(キャド)を使って設計をしたという。
キャドというのは、パソコンで設計図をかくソフトの事ですが
そのソフトの使い方と設計の仕方も全て独学で行なったらしいです。
さすが!というより、驚きです!!!!
当時の業者さんは
中村氏のこだわりで木製=手作り=職人という方程式があり
北海道の職人さんに依頼をしたという。
しかし、コスト高で販売しても利益が数百円程度しかなく
最初は、物販で売上げをあげるのではく、プログラムで売上げを上げていこうと
考えていたのでそれでも良いと考えていたという。
しかし、利益が数百円しかない事と、手作りなため生産が間に合わないといった理由で
途中から台湾の工場に依頼先を変更したとの事です。
これで2つの課題(コスト・生産)をクリアできると思ったのはつかの間
新たに別の課題が勃発!
中村氏曰く
台湾工場での製作なのでコストを下げる代わりにロット数が多くなり
在庫を持たなければいけなくなった事(ロット数3000本以上)
コストが下がれば利益がでるのだが、ロット数が3000本なので
その分の支払にまとまった金額が必要になったことは資金的に厳しかったとの事
在庫を置いておく為に倉庫を借りると経費がかかるので
最初は、自宅に3000本のツボバーを置いていた。
そのせいで自宅には足の置き場がなく、奥さんによく怒られたのと事です(笑)
そして、毎日、ツボバーと一緒に寝てたらしいです(笑)
解決⇒ ㈱ヒ●リスポーツに業務委託をし、在庫管理・発送など全て管理を依頼した
初めて台湾から納品されて商品チェックすると
異常に不良品が多く、それを解決するために実際に台湾工場に行き
工場のラインで担当している数十人の方に一人ずつ作り方を教え
不良品が出ないように教育しに何度も何度も足を運びいったとの事
解決⇒ 不良品の割合が通常になった
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