裸で踊ったあの日から・・・・

おはようございます

苫小牧市民17万人、北海道民560万人、日本国民1億3000万人の健康を守る木田ちゃんです

36歳になりました。今の自分を構築してくださったすべての環境に感謝いたします。

私は70歳まで現役でいようと思っています。

ちょうど半分を終えました。土壌づくりを終えた感じです

ここから種まきと水やりと成長と収穫に残りの半生を費やします。

いわゆる…変わった人という捉え方が自分に合っていると最近自覚しています(笑)

だけど変人ではなく、奇人でいたいと思っています

千差万別、十人十色、だからいいんです

みんな違ってみんないい。

5歳くらいの時かな?

私は裸で、、、

裸に近い状態で

ウエストポーチを胸に着け、

お尻丸出しで、カーテンを止めるフリンジがついているものを腰に巻いて

裸よりも恥ずかしいスタイルで

家族の前で即興ダンスするのが大好きでした

今でも覚えてるし、いまでもやれと言われたらやれるかもしれない・・・笑    いや、嘘です

家族が大爆笑してくれる

父が母がおばあちゃんが、、、、、手をたたいて、にこにこ、にこにこ大爆笑してくれる

幼心に私はその時間に生きがいと喜びを感じていました

自分が何かして、それで誰かが笑顔になる

それで私自身が幸福感に満たされる

しかも、全力でやる

そこに自分の恥ずかしさや、苦労、困難、苦痛・・・は全く感じない

よく、いろんな文献や、様々な発信で、

『誰かのために生きるのをやめて自分のために生きなさい』

と出ます

自分のために生きる・・・・とゆうことを考えてみるのですが、自分がしたいこと、自分にベクトルを合わせたとしてもそれって最終的に誰かに何かをして笑顔になってもらうこと・・・が自分のしたいこと・・・・になっちゃうんです

もう何度も何度もここは振り返って考えていますが、何年たっても変わらないんです

自分のためだけに生きていこうと思ったら

多分私、生き方がわからない・・・

になります。

誰かのために生きると、見返りを求めるとよく聞きますが、

私は見返りは求めない・・・

してあげたい、助けになりたい・・・という自己満足、と、それによって自分の存在価値を確かめている・・・のかもしれない

一歩間違うと、単なるおせっかいです・・・そこだけは注意してます。

もしかしたら究極の自己中かもしれない・・・(;^_^A

偽善ぶってるとか、木田さんはそれでいいの?とかフォーカスが自分に当たらなかった時に、それは木田さんの望みと違うでしょ?

みたいな風に言ってもらえたこともあります・・・。

多分、見え方と自分自身の在り方に温度差がありますね・・。

そこに意見してしまったときもありましたが、否定してしまったときもありましたが、

それも逆にとても参考になる意見でした。

人からの目を気にしなくなってきました。

どう見られようと、最終的には、自分がやりたいと思った方を選択する!

最終決定は自分が決める。

決める基準として、後々自分自身が笑顔になれる方を考えて選択する。

それって、ちゃんと自分のために生きる!になっていると思います。

えらんだ道がほかの人と違ったとしても、それか゛私自身は笑顔になれると思ったので選ぶ★

最初からこんなに強かったわけではなく、ここまで、たくさんの出来事に遭遇したくさんの経験をさせていただき、今があります。

今まで起きたすべてのことは私の財産です。

そしてこれからも誰かの笑顔のために、世のために役立てる何かを作り続ける、伝え続けることが自分り生きがい、自分のため・・

そんな自分をこれからもよろしくお願いいたします。