母の胎内で水銀の影響
あなたの頼れる御用聞き 北浦一郎です。
公教育、命の大切さ、環境、女性活躍
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5月1日(金)の中日新聞の記事です。

母はメチル水銀に汚染された魚を食べ、
娘に被害が及んだことを悔やんだまま逝った。
熊本市の藤枝静香さんは、
母の胎内で水銀の影響を受けた
胎児性水俣病だとして、
患者認定を求めている。
出生時から体をむしばまれ、
今も車いす生活が続く。
怒りや悲しみを克服できたのか分からない。
でも対立するだけでは問題は解決しない。
「歩み寄りも必要」と複雑な思いを抱える、
とする記事です。
「有枝さんに異変が起きたのは
12年ごろ。
包丁で指を切っても、
やけどをしても
気づかない。
痛覚が鈍るのは
水俣病の典型的な症状だ。
その後、
長年患者の診察を続ける
県内の医師緒方俊一郎さんに
診てもらうと、
静香さんも
胎児性水俣病の疑い
だと告げられた。」
「1956年5月1日、原因不明の『奇病』
として、小児神経症状を呈した
姉妹が水俣保健所に届け出されたことで、公式に
『水俣病』が確認された」
ことをAIから学びました。1956年から約55年後になって
「発症する」ことを学びました。現在の科学で、「水俣病」と
確定診断することは
不可能なのでしょうか?
残念です。
「2人は患者認定を申請
したが、有枝さんは23年に
棄却された。
静香さんも手や足に
『触痛覚低下』がある
とされながら、
同じ居住地域に
認定患者がいない
などとして24年に
退けられた。」
「『自分が魚を売った』として
地元で村八分になるのを恐れ、
被害者として声をあげるのを
最後まで避けた。」自分に明らかな症状がない当時、
この気持ちは理解できると
私は想っています。その母娘が「水俣病」の
認定を受けることができない。「同じ居住地域に
認定患者がいない」
認定しない国の判断根拠に
残念な想いです。
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