信頼と崇拝

フィットネス指導者として、いや、それ以前に、一社会人として、人として、信頼される人間でありたいと思っています

 

信頼を得るには、言動に嘘や矛盾がなく、社会規範を守り、道徳心を持った行動をとることが、何よりまず大切です

 

その上で、職務上の専門知識や技術が、プロとしてのさらなる信頼を厚くするのだと思っています

 

という前置きはさておき、リーダーとか、カリスマとか言われる人は、その人の支持者から信頼されているのはもちろんですが、それが高じると、崇拝になっているような気がします

 

崇拝の域まで達すると、そのカリスマに対しては、もはや盲目的な支持者となり、カリスマが黒と言えば白いものも黒になってしまうようなことが、少なからずあるように思えます

 

そして、いつしかそれは、信頼を伴わない崇拝となってしまうことに

 

もちろん、いったん崇拝される存在となったカリスマに対して、その盲目的な信者は、絶対的な信頼を寄せています

 

ただし、その『信頼』は、そのカリスマと信者の間だけの信頼関係にすぎません

 

カリスマインストラクター

カリスマトレーナー

 

そう呼ばれ、もてはやされる方々が、メデイアで注目される昨今ですが、私はカリスマを目指すことはなく、地道に契約先のクラブとそのお客様、授業を担当している大学とその学生達など、自身が関わりのある方々から信頼される指導者であることを、何よりも大切にしていきたいと思います

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の好きな花の一つ、ビオラ

花言葉は『信頼・誠実』