フィットネスインストラクターの穂積典子です
ダンナのコロナ陽性が判明し、自宅療養開始から6日目となりました
未だ私の体調は普段と変わらず、元気を余らせております(笑)
このまま何も症状が現れなかったとしても、発症者が人に感染させる可能性があるとされる1週間+潜伏期間を考慮して、今月中は全てのレッスンをお休みさせていただきます
そんなわけで、有り余るほどの時間ができてしまった昨日、これまで見て見ぬふりをしてきた書類の整理に取り組みました
研修会の配布資料や、すでに資格更新を終えて不要となった受講証明書など、おそらく数百枚のA4用紙を大量処分しました
それらのほとんどはA4サイズのクリアファイル数冊に収められていたのですが、その中に混じって懐かしいものを見つけました
サバイバルエアロビクス大会の参加証明書です
サバイバルエアロビクスとは、2009年まで毎年全国各所で行われていたエアロビクスイベントで、その名の通り最終ステージまで勝ち抜くと、トータル4時間にわたってエアロビクスをやるという、フルマラソン並みの耐久エクササイズです
大会はインストラクター部門とアマチュア部門に分かれていますが、同じリードインストラクターの指導のもとに、両部門選手ともに一緒に動きます
第一ステージは、6人のリードインストラクターがそれぞれ30分ずつ指導し、その中で定められた審査項目を審判員がチェックします
既定の点数に到達できていれば、次の第二ステージに進めます
第二ステージは2人のリードインストラクターが20分ずつ指導し、第一ステージよりもより厳しい審査基準でチェックされ、基準に達していないと判断されると、その場で失格が言い渡され競技終了となる、非常にシビアなステージです
この難関である第二ステージをクリアできると、晴れてファイナリストとして最終ステージに進めます
この20分間で、残る力を振り絞り、疲れた体に鞭を打ち、満面の笑顔と元気をアピールするのです
こんな過酷な大会ですが、エアロビクスが好きな人にとっては、たまらなく楽しい時間でもあるのです
私も2000年から、この大会が幕を閉じる2009年までの間に、計10回参加しています
最初は東京大会からスタートしましたが、2007年に新たに茨城大会が新設されると、当時チーフインストラクターを務めていた東急フィットネスクラブAXIA取手の皆さんと一緒に参加していました
これが最後の取手大会の完走証明書です
右端のFINALISTのステッカーが、最終ステージ進出の証です
第一ステージの審査項目はこんな感じ
この会は、満点で第一ステージを突破しました
と、いいところだけをアップしてますが、全10回の参加のうち、ファイナルステージまで進出できたのは5回だけ
勝率5割です(笑)
でも、今となってはいい思い出です
そして、あの頃行われていたエアロビクスと今のエアロビクスはずいぶん様変わりしました
全身持久力や関節可動域、体幹筋力による姿勢の維持など、あの頃重視されていた身体能力は、今のエアロビクスではどうなのでしょう・・・
この完走証明書を目にして、古き良き時代に思いをはせてしまいます
もっとも、今の私に4時間エアロビクスを踊り続けるのは、ちょっと難しいかもしれません(笑)


