フィットネスインストラクターの穂積典子です
昨日は父の日、母の日同様に私にとっては一日遅れの今日が父の日です
そして、仏様となって初めての父の日となりました
母の日同様に今年はハーバリウムを作り、仏前に備えてきました
紫陽花の花材を選び、小さなカエルをあしらった、梅雨バージョンです
これで何作目になるでしょう
もはやこれは私の趣味かもしれません(笑)
ただ、作っても家には飾っておけないのです
この破壊王がいるので(笑)
フィットネスインストラクターの穂積典子です
昨日は母の日
でも私にとっては毎年その翌日、月曜が母の日です
もう20年くらい、日曜はずっと朝から夕方までレッスンというスケジュールなので,いつの間にかそれが私にとっては当たり前に
今年も実家の母と義母に、手作りハーバリウムをプレゼントしました
いや,正確に言うと、実家の母には作らせました(笑)
某通販サイトで購入しておいた花材と流動パラフィンに、ハーバリウム用にラベルをはがしてとっておいた製菓用リキュールの空き瓶、これが今日の教材?です
華道師範の免許を持ち、私よりもずっと花を生けることにはセンスのある母ですが、細い口のビンにピンセットで花材を入れていく作業はなかなか思うように行かなかったようです
でも不思議と透明の流動パラフィンを注いでいくと、それなりに見えるのがハーバリウムのいいところ
左は私、右は母が作ったものです
私が作った方は、義母にプレゼントしました
一月に父が亡くなり、一人暮らしとなった母ですが、近くに住む妹と私、そして週末は必ず実家に泊まりにくる姉と3人で協力して、なんとか寂しい思いはさせないようにしています
フィットネスインストラクターの穂積典子です
今日実家でこんなものを見つけました
父の手書きの学習ノートです
何を学習していたかというと
気象予報士の試験を受けるつもりだったみたいです
結局は受験に至らず、他界しましたが、もし合格していたら、最高齢の気象予報士誕生と、ニュースになったかもしれません(笑)
そしてもう一つのファイルにはこれが
おそらく、数学検定の受験勉強をしていたのでしょう
数学検定は、今高校2年の姪っ子と一緒に、一昨年試験を受けて、準二級に合格しました
82歳の時です
いくつになっても学ぶことを続けていた父の姿勢に、改めてこの人が親でよかったと思いました
親ガチャという言葉を借りるなら、私は大当たりのガチャを引いたと思います
平凡なサラリーマン家庭でしたが、私にとっては誇れる父です
フィットネスインストラクターの穂積典子です
父の死去の前後から,実家に頻繁に寄るようになり,時にはそのまま泊まっていくこともあります
かつて実家の車庫には父の車がありましたが,3年前に手放しその後免許も返上
車庫は空車となり、私がいく時はそこに停めさせてもらっています
実家の車庫は塀で囲まれていて、運転席からだと道路を走る車や歩道の歩行者が見えません
父がいた時は、出庫の際には必ず父が出てきて、誘導してくれました
その父が、亡くなる数ヶ月前に,ミラーをつけたらどうかと言い出しました
父がいる時は誘導できるけど、母だけだと難しいから、右側からくる車や自転車だけでも見れるようにとのこと
その時は、確かにと思いながらすぐには動き出さなかったのでした
そして、今年のお正月、実家の車庫を借りて洗車した時に父に言われたミラーのことを思い出し、某ネット通販で見つけたミラーを実家を配送先にして注文しました
そのミラーが実家に届いたと、父からLINEがあった数日後、父は体調を崩して入院しました
父の入院中、たまたま居合わせた妹に手伝ってもらって取り付けたこのミラー
小さい割に広範囲を写してくれ、出庫時の安全確認が運転席からでもできます
入院中の父に,ミラーつけたよと、この写真と共にLINEすると
ごくろうさん。うまく使ってください。左から来る歩行者や特に自転車には気をつけてください。
と返信が
その5日後、父は亡くなりました
実家の車庫から車を出すたびに見るこのミラー
かつての父が誘導してくれたかのように、私の出庫を見守ってくれています
フィットネスインストラクターの穂積典子です
我が家の掃除機がとうとうサイクロンになりました
実は私,掃除機は紙パック派です
紙屑、埃、ペットの毛はもちろん、ゴキブリの死骸だろうがなんだろうが,どんなものを吸い込んでもそのままポンと捨てられるのが良くて、ずっと紙パックにこだわってきました
ところが、昨年末、愛用していた掃除機の吸い込み口についている,回転式のブラシがなくなっていることに気づきました
家の中でしか使用していないので、我が家のどこかに転がっていることは確かなのですが、探しても見つからず、そのまま使っていました
ただ、やはりゴミを掻き取ることができないので、フローリングはともかく畳の上やキッチンマットなどの汚れは吸引できず、不便を感じていました
そして年が明け、お正月気分も抜けた1月13日、父から急遽肺炎で入院することになったと、LINEが
本人からの連絡だし、母から話を聞けば、体調がすぐれないから、元々通院していた循環器科の病院に外来でかかったところ,入院になったということなので,それほど緊急性の高いものではないと思っていました
その入院中の父から母へ、家の掃除機は重たいから、もっと軽いのに買い替えるよう連絡があったそうです
母はすぐに近所の電器屋で、新しいサイクロン式の軽量のコードレス掃除機を頼んだようです
そしていらなくなったこの掃除機を私がもらってきたのです
父は、入院から1週間も経たないうちにICUに、10日後に84歳で旅立ちました
間質性肺炎でした
あの時病院から母に、父はどんな意図で掃除機を買い替えるよう伝えたのでしょうか
退院後、体力が落ちた状態では、あの古い掃除機をかけるのはしんどいから,退院するまでに買い替えておけ
それとも
母一人で暮らすことになった時、あの重たい掃除機ではしんどいだろうからと、残される母を気遣ったのか
今となっては分かりません
これを重いと感じていた父を
この掃除機をかけるたびに思い出すのでしょうね