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旧友

今年のお盆は、JAFAフィットネスアセンブリーでした

初日は『座・学~THE MANABI』の講座の中から、順天堂大学の町田修一先生の『指導現場で生きる高齢者指導を学ぶ』を受講しました

そして、今日のフットネスサミット・指導実践報告会では、至学館大学短期大学部準教授の西沢富江先生の『エアロビックダンスエクササイズはサルコペニア予防に効果的か』という演題に、強い関心と共感を覚えました

町田先生と西沢先生

お二人とは、かつて、大学院生の頃、運動生理学研究室の合同ゼミ合宿で、ともに学び、酒を飲み、夜通し悪ふざけ?した旧友です

あれから二十?年がたち、それぞれ教育、研究、そして実践指導と別々の道を歩んでいますが、こうして久しぶりに会ってみると、学生時代の懐かしい思い出が蘇ります


工事完了!

http://norimon.blogfit.jp/2013/archives/496

↑でアップした、我が家のマンションの修繕工事が、ようやく完了しました

当初は6月いっぱいの予定の工期が、例年より早い梅雨入りと台風やゲリラ豪雨の影響で、だいぶ延びてしまい、7月も後半に入って、やっと竣工となりました

打ちっぱなしのコンクリートがむき出しだった我が家のベランダも、防水処理が施され、塩ビシートが貼られて、こんなにきれいになりました

そして、見違えるほどきれいになったのがエレベーターです

残念ながら工事前の写真がありませんが、もともとはピンクに塗装された外部扉が、周りのタイルの色に合わせて、こんなにシックで落ち着いた色に変わりました

ちなみに、この色を選んだのは、私です

一昨年から、マンションの住民の有志で、修繕委員会が結成され、私もそのメンバーの一人に加わっていました

つき1,2回集まっては、工事の進捗状況や、住民からの意見などの報告が施工業者から伝えられ、何か問題があれば協議するというものでした

その中で、エレベーターの外部扉と内装の色をどうするかという話が出た時、委員の方のお一人から、

女性に決めてもらいましょうか

という声が上がり、修繕委員会紅一点の私が、内外装の色を決めることに

エレベーターの改修は、塗装ではなく、デザインシートを貼ることになり、早速私の前に山ほどのシートのサンプルが並べられました

その中から悩んだ末に選んだ二色が、淡い光沢のあるモスグリーンと、同じく淡い光沢のある茶色です

なぜ二色選んだかというと、奇数階と偶数階で色を変えてほしかったからです

実は、以前こんなことがありました

飲んで帰宅しほろ酔い気分で階段を上がり、我が家のある3階まできて、我が家のはずの一番東端の部屋の前で鍵を出し、鍵穴に鍵を差し込み回してところ、開かない

なぜ?

と思いつつ周りに目をやると、なんかいつもと風景が違う

建物の周りの木がいつもと違ってやけに生い茂って見えました

その時初めて、自分が2階までしか来ていないことに気づきました

マンションて、どの階もほぼ同じつくりで、ドアもすべて同じデザイン

おまけに我が家はドアに表札を出していません

そんなことがあったので、もしエレベーターの外扉の色が階によって違っていたら、このような間違いはしないだろうと考えました

外階段を上がってくると、ちょうど目の前がエレベーターなので、自分の部屋の階の扉の色を覚えておけば大丈夫

こうして選んだ二色なのです

ちなみに我が家がある3階、つまり奇数回は、左の写真の茶色です

周囲の壁のタイルの色と同系色で、落ち着いた感じで気に入っています

そして、今日は夕方から、マンションの修繕委員会、理事会の皆さん、管理会社、そして工事を担当した施工会社の方々と、工事完了の慰労会でした

14年住んでいますが、こんな風にマンションの住人の方々と交流するのは初めてです

普段は仕事で家にいる時間が少ないし、子どもがいないとママ友もできないし、ご近所さんとの付き合いは、挨拶を交わす以外皆無でした

身近にこんなに気さくでいい人たちがいたんだ

もっともっと、地元を大切にしたいな、と感じましたね


生命力

 

10日ほど前、入院中の祖母がこん睡状態になりました

正確には、ずっと以前からこん睡のような、意識のはっきりしない状態が続いていたのですが、鼻から通した栄養チューブと点滴で、ずっと命をつないできました

その点滴が、とうとう入らなくなってしまったのです

おそらく、血管が細く弱くなってしまったのでしょう

ずっと入院を続けていて、何度も点滴をしているので、もう、替わりに針を刺す場所もない状態

母の希望で、積極的な延命治療はしないということになり、点滴を絶って、自然に命の灯が消えるのを待つことになりました

そして、10日目を迎えた今日、休みだったので、祖母の様子を見に行きました

ずっと、何カ月も眠り続けてきた祖母の目は、もう開くことはありませんが、その姿はすやすやと眠っているようでした

10日も水分と栄養補給を絶っているというのに、驚くべき98歳の生命力

その命の灯は、あとどのくらい持つのでしょう

話が現実的になってしまいますが、そんなわけで、今、先の予定が立てられません

安易にレッスンの代行を引き受けることもできないし、場合によっては、私自身が急な代行をお願いすることになりそうです


アウトドア!

先日、一日だけレッスンの代行をお願いして、志賀高原に行ってきました

志賀高原に一番最初に行ったのは、確か大学院生のとき、学部生のスキー実習のお手伝いでした

あれから20年以上たち、今となってはゲレンデのコースガイドがなくても、行きたいところに行けるほど、私にとってなじみのスキー場です

今年の志賀は、天気に恵まれず、滞在中の三日間、太陽を見たのは最終日の午前中だけ

あとはずっと雪が降り続き、視界も悪く、特に2日目は日中でもマイナス10℃を下回る厳しい寒さでした

その厳しい寒さの中、よりによって最も標高の高い横手山山頂を目指しました

おそらく、マイナス20℃近くまで達していたでしょう

鼻の穴も凍るような寒さでした

自然の中で楽しむスキーは、ときに自然の厳しさに直面することもあります

それでも、20年以上続けていて、毎年のように、楽しいと心底感じます

普段は、ほとんどインドアでの仕事で、季節を問わず快適環境で運動しています

それとは対照的に、時には自然の厳しさに直面することもあるスキー

それでもやめられません

ときに自然に牙をむかれて、辛い思いをすることもありますが、自然が作り出す環境の中で、空や風を感じて滑るのは爽快です

天気に恵まれれば、こんな気持ちの良い風景にも出会えます

ちなみに、この志賀高原ツアーは、同じインストラクター仲間の真尾美和子さんと、かれこれ13年?連続で行っています

彼女はスノーボードで、私はスキー

この異種コンビでの志賀高原ツアーは、いつまで続くでしょうか(笑)

余談ですが、どうせ天気が悪いからと、UV対策せずに滑っていたら、見事鼻の頭の皮がむけてきました