ばあちゃん

http://norimon.blogfit.jp/2013/archives/525

↑あれから10日余りがたちました

その後、祖母は3月8日の朝に旅立ちました

斎場や菩提寺のご住職の都合などで、ようやくこの週末で、通夜と告別式が行われました

今日は、2本レッスンの代行をお願いし、告別式に参列

読経と焼香を終え、最後のお別れのために、親族みんなで祭壇に飾られていた生花を、棺の中に納めるときのことでした

きれいに化粧が施されて横たわる祖母のお腹の辺りに、免状のようなものが二枚置いてありました

よく見ると

昭和6年 産婆養成所を終了

昭和7年 産婆学説試験合格

産婆=助産師ですね

その時に、ずっと以前、まだ私が子どもの頃、祖母は若い頃に、医療にかかわる仕事をしていたという話を、思い出しました

私が物心ついたときには、祖母はもう働いてはいなくて、私の母とともに、主婦として家族を支えていました

ただ、幼いころの記憶に残っている祖母は、私たちがおてんばをして怪我をした時など、いつも手際よく消毒したり、包帯を巻いてくれたりしました

実の娘であった私の母も、こういうときは祖母にすべてを任せきりでしたね

出棺を目前に控えてこの免状を見つけ、そばにいた母に、コピーか何か、控えをとってあるのかたずねると、とっていないとのこと

ちょっと不謹慎かとも思いましたが、このまま何も残さずに燃やしてしまうのが惜しくて、携帯カメラで撮らせてもらいました

昭和一桁の時代に、医学を学び、新しい生命の誕生に携わってきたことを思うと、今さらですが、祖母に尊敬の気持ちを抱きました


生命力

 

10日ほど前、入院中の祖母がこん睡状態になりました

正確には、ずっと以前からこん睡のような、意識のはっきりしない状態が続いていたのですが、鼻から通した栄養チューブと点滴で、ずっと命をつないできました

その点滴が、とうとう入らなくなってしまったのです

おそらく、血管が細く弱くなってしまったのでしょう

ずっと入院を続けていて、何度も点滴をしているので、もう、替わりに針を刺す場所もない状態

母の希望で、積極的な延命治療はしないということになり、点滴を絶って、自然に命の灯が消えるのを待つことになりました

そして、10日目を迎えた今日、休みだったので、祖母の様子を見に行きました

ずっと、何カ月も眠り続けてきた祖母の目は、もう開くことはありませんが、その姿はすやすやと眠っているようでした

10日も水分と栄養補給を絶っているというのに、驚くべき98歳の生命力

その命の灯は、あとどのくらい持つのでしょう

話が現実的になってしまいますが、そんなわけで、今、先の予定が立てられません

安易にレッスンの代行を引き受けることもできないし、場合によっては、私自身が急な代行をお願いすることになりそうです