誰とでも手を繋げる世界を

3年ぶりに開催された長岡まつり大花火大会。

「楽しかった」「綺麗だった」を綴ってもよいけれど、それとは別にいま感じていることを書こうと思います。

ゆめを連れて出かけた長岡。

毎朝のように顔を合わせるメンバーとともに美しい花火を観て、心が少し清くなった気がします。

はじめましてのちびっこ姉妹が2人👱‍♀️👧

なぜか妹のほうに好かれたようで♡
花火からの帰り道、
おてて繋いで仲良く帰りました🤝

すっと横に来て、
「手を繋ご♡」
ゆめちゃんママ、きゅーんっ😍❤️笑

列の一番後ろでおしゃべりしながら、
30分歩いて宿泊先に着きました🤝

兄弟・姉妹と同じ数だけ大人がいればよいのですが、例えば子どもが複数に対して大人が一人の場合、手を繋いだり隣を歩くにも難しい場面が出てきます。

荷物を持っていたら片手になるし、
両手が塞がることもあります。

仮に両手が空いていたとしても、
子ども2人と手を繋いだら車道側に立つ子どもができてしまう・・・

今回は、姉のほうがママと横並びで歩き、
妹は私と歩きました。

世界はそういうことが大切で、
そういうことで良いと思うんです。

誰と手を繋いで歩いても安心安全な世界はすでにないとされていますが、
(この人は安全だな)と思える大人がたくさんいれば子どもたちは常に安心できるし、
『甘えたい』『寄りかかりたい』を我慢しなくて済みます。

心の靄を解消することとは別に、
【楽しいを倍にする方法】がそこにあります。

寂しさも楽しさも両方同じ方法で変えられます。

ニュースでは時々、公共の乗り物に乗る子どもが泣き止まないことでママを責める大人について話題になります。

泣き止まない子どもがいるなら、
変な顔のひとつでもして笑わせればいい。

子どもをあやし泣き止ませる努力もせず、笑わせることもできない俺様やアタクシが、いつか泣いてばかりで親を困らせた自分を忘れて、ママを責めるなんて悲しいなと思います。

努めてもなお泣き止まない子どもに為す術なく一番泣きたいのはママである。

泣くのをやめられない子どもを全力で笑わせられないのなら、せめて泣きたいほど辛く下を向いているママに声をかけるくらいのことをすればいい。

それができないのなら、肩身の狭い思いをしている親子をそっとあたたかく見守るべし。

教室にもいろんな子がいて、
【ある種特別ではない】我が子の子育てでは経験してこなかった日々を過ごしています。

年々増えてきたように思う強い個性に、個別に対応するためにスイッチを切り替えるのは正直大変だと感じることがあります。

「どの子も平等に」を当たり前にしていますが、子どもたちの中で【特別】を感じてしまうことがあれば、対応を変えていかなければいけません。

けれど欲を言えば、【特別】を羨ましがるのではなく、いまその子に必要なもの・コトと捉え、承認できる心の豊かさを持ってほしい🍀
そんなふうに思っています。

そして、少しの時間だけ待ってほしい。
順番に、絶対に、
【あなたの時間】をつくるから。

5月からスタッフを増員して、
本当に助かっています。

ひとりよりふたり。
ふたりよりさんにん・・・

褒められる数が倍になれば、
嬉しさも倍になる。

子どもたちが安心を感じ、
私たちが安心できる環境を。

サザエさんのフネのようなスタッフがいて(笑)
クレヨンしんちゃんのみさえのようなスタッフもいて(笑)

だから私は昭和の頑固オヤジばりに厳しく…
(本当は、ワンピースのベルメールさんがいいのだけれど…♡)

2日目のお出かけも手を繋ぎ、
食事時間はちょこんと私の横に座る妹ちゃん👧

母はしきりに『まなさんはちょー怖いんだよ』って言っていたけど😏

子どもはわかっている♡♡♡

また手を繋いで歩こうね💓

さて、私の愛しき娘♡ゆめさんは、
私が妹ちゃんと手を繋いで歩くはるか前を
大人たちの後ろにくっついて歩いていました🚶‍♀️

実際の年齢も心の年齢も
大人と子どもの境にいるゆめは
どちらとも過ごせます👱‍♀️
お姉さんになりましたね😙

我が子の成長を後ろから見守りながら、
手を繋いで歩いていた少し前を思い出して
感慨深く幸せな散歩の時間でした。

mana

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