ばーちゃんのねぎま
「ばーちゃんが作るねぎまが食べたい」
父が作ったのか、母が作ったのか、時々こうして実家に焼き鳥があります。
昨日、東京での教育トレーナーミーティングで、【自分】をまとめたストーリーの中に祖母がいて母がいました。
昨年一年間で、ざっくりとそしてモヤッとしていた運動指導者歴14年を振り返り、整理し、やっと自分が目指す方向性がまとまりました。
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スタートは違えど、ルーツは祖母であり母である。
私の想いには二人の存在があります。
何のために私は働き、誰のために存在するのだろう。
大きく枠をとれば世界であり日本であるけれど、
小さく見れば新潟県の中の小さな小さなコミュニティ。
私が直接手の届く範囲は限られているけれど、想いは波及していく。
そう考えた時にまずは根源にある、祖母からもらったストーリーと母へ贈るストーリーをつくっていくことから始めなければ…
そんなこんなで今に至ります。
バランスコーディネーション®︎の教育トレーナーとして、自分と人のために何ができるかを問う一日。
けれどその問いかけは、
教育トレーナーとしてだけでなく
からだバー®︎のマスタートレーナーとして
一人の運動指導者として
教育者として
経営者として
母として
女性として
人間として
の自分へのもの。
私が存在する理由、私が生きる理由
私が求める形、私が望む未来
をはっきりさせるためのもの。
【在り方】を正す大切な一日となりました。
教育トレーナーの中では下から二番目。
実はからだワーク®︎協会のマスタートレーナーの中でも下から二番目です。
この写真の中の人たちは未来の私(笑)
未来を想像した時に恐ろしくなるのは、いくつになってもひたむきに学び続け自分を高め続けている先輩方を見て、「私は何歳まで勉強しなきゃいけないのよ(笑)」ということ🤣🤣🤣
終わりなき学び、終わりなき成長、、、
そもそも終わりなんてないのです。
後継されていくから。
自分のためだけに道を拓いているわけでなく、
ゆめや子どもたちのために創造していく。
そう考えたら、ムダな時間を過ごし、ムダなことをする時間なんて少しもありません。
ムダを作ってもいけないし、全ての事象をムダにしてはいけません。
当たり前にのまれず、当たり前をつくっていく側で在る。
そういう力を、自分と大切な人のために使っていく…☆
💎誰かのための努力は裏切られるけど、自分のための努力は裏切られない
「ダサいやつになるなよ」
「ブスでいるんじゃねーよ」
「腐ってんなよ」
「のんびりしてんなよ」
そんな言葉で自分を叱咤して。
上がってく。
「あぁ…ばーちゃんのねぎまが食いてぇー」
多分、今日実家にねぎまがあったのはばーちゃんからのお告げ。だと思う🍀
作ったの親父様かもしれないけど(笑)
「まなちゃん、頑張りなね」と、ばーちゃんが言っている気がする。
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今日も玄関に転がるボウル(笑)
朝、車のガラスが凍ってたっけ♪
還暦を迎えて尚バリバリ働く母を見ているから、とりあえずあと30年は働くんだ!と自分を鼓舞する。
30年で何ができる?何をする?
もたつくな!
駆け上がれ!
あぁ…ばーちゃんのねぎまが食べたい…。
冷蔵庫にあったねぎま全部食べちゃった。
父上、母上、食いしん坊な娘でごめんなさい🤣
mana