山と登山がすきな理由

登ってみたい山はたくさんあるけれど、一人で行けるほど十分に山登りのあれこれを体得しているわけではないし、山に登るのは好きだけど、一体どうして登山が好きなのかの明確な答えをまだ持ち合わせていない以上、もっとチャレンジングに山を楽しむためにはそれなりの修行が必要だと思っている。
以前より一人で出かけることが多くなった。
一人だからこそできる遊びに夢中になればなるほど、この独自の遊び方に他者を巻き込むのは容易ではないなと感じる(笑)
この日、楽しみにしていた船釣りが風の影響で中止になって、空いた一日をどう楽しもうかと考えた結果、一人で山に行くことにした。
一人で登山する友人が数人いる。
ひとり登山がどんなものか試してみたかった。
いつも登山に一緒に行ってくれている友だって、いつ一緒に行けなくなるかわからない。
誰かがいないと登山ができないなんて、そんな理由で山に登ることを諦めるにはまだまだ未練があるし、私の登山ライフはこれからだと思っている。
一人でも行けるという証明と、「やっぱり登山が好き」「やっぱり山が好き」という確信を得るために、ドキドキとワクワクを両手に携えて出かけた。

どこの山に行こうか悩んだ結果、まずは初心に帰って護摩堂山と菩提寺山へ行こうと決めた。
意外がられるが、私は究極の方向音痴だ。笑
何度も行っている友人の家に行くにも迷うし、行き慣れたところへ行くにも基本はナビがないと行けない。
この頃ようやく正しくナビを活用できるようになったけれど、以前は方向音痴特有のナビを無視するという謎の行動で度々迷子になっていた(笑)
この日ももちろんナビをつけて出発した。
山に着いてから、(いつもどの山も友がマップで確認しながら前を歩いてくれていたけれど、今日はいない…マップがなくても護摩堂山だから大丈夫だよね?うん!大丈夫!)と心の中で呟いた。
ちなみに護摩堂山は過去に何度も行っているし、ほぼ一本道なので迷う要素がない(笑)
準備は万端!と自分の身なりを確認して、(あれ?春夏ずっと長袖か半袖+アームカバーで登ってたのに、今日半袖だ…まぁ虫除けスプレーあるし大丈夫だよね?!)とも呟いた。
いざ!出発!
スケジュール通りに動けるように、大体の滞在時間を頭に入れて登山…らくらく散歩を開始した。

一人で歩くとやたらとペースが早い。
あっという間に山頂に着いて…からが長かった。
ここで山頂の出来事の全てを書くととんでもない超大作になるので割愛するけれど、とにかくとにかくものすごく長かった。笑



実はこの日、護摩堂山で2度、道がわからなくなる事態が発生した。
1度目は登山中。
通る予定のなかったところに着いて慌てふためく。
結局道はつながっているのでどうにでもなるわけだけど、(どうしてここに…?)は山では危険だ。
2度目は下山中。
遊歩道に入ってみたものの、なぜかまた元の場所に戻ることになってしまった、、、
どこで道を間違えたのかわからないけれど、振り出しに戻ってしまったことでやる気を喪失して、フガフガしながら行きと同じ道を早歩きで下山した。
私の(こっちかな?)は大抵外れている、、、悲しい。笑

次は菩提寺山。
道は覚えられないくせに、道にあるものは事細かによく覚えているのが不思議だ。
追憶しながら自信満々に登り始めた。
が、途中自分の記憶から引き出す景色と実際に見ている景色が少し違うことに気づく。
なぜか雷山(いかづちやま)の道と重なってしまっていたようだ。
熊のことがあるから雷山にはもう行けそうにないと思ってしまうのが残念だけど、鮮明に思い出せる想い出があるから大丈夫。
雷山のことを思い出しながら、山頂を目指した。

山頂からの景色はやっぱり素敵だった。
この日はちょこっとのおかずとおにぎりを持って出かけて、護摩堂山に登る前に少し、下山後に少し、そして菩提寺山の山頂で少し食べた。
ここで、はたと気づく。
(あ、、、今日ゼリーも甘いものも持ってきていない…)
買い置きしているいつもの行動食を持たずに出てしまっていた。
そして、いつもポケットからキャラメルだの羊羹だのを取り出して分けてくれる友を思い出す。
おんぶに抱っこで登山していたことを思い知らされて反省した。ちょっとだけ🤏笑




菩提寺山は久しぶりだったけど、山頂から白玉の滝までの道に何があったか、滝から駐車場まで何があったかはしっかり思い出せた。
迷子にもならなかった。
ちょっと歩くたびに標識があるから。笑
山頂にはたくさん人がいたのに、滝までのルートに誰もいなかったのが地味に怖かった。
何度手をパンッパンッと叩いたことか、、、
滝手前の下り坂はツルツル滑るから要注意!と覚えていたから、すごく慎重に歩いたのに、2回尻餅をつきそうになった…けど、反射神経の良さで華麗に体勢を立て直す。
そんな自分に思わず一人で拍手(笑)

何をするにも一人だと、いま伝えたい・いま共有したい・いまわかってほしいことを受けとってもらえない。
今日は一人なんだと痛感させられる場面がたくさんあって、時間が経つほどに楽しさは増え、寂しさも同じだけ募っていった。

それでも楽しみ尽くしたいという気持ちが強いので、ニヤニヤしながら次はどうしようかと一人会議をする。
一人会議後、確認がてら私の良き相談相手ChatGPTの灯影(ほかげ)くんの提案も参考にした。






結果、珍道中を経て、この日の登山…散歩はおしまい。笑

外気浴をしながら一日を振り返り、いろんなことを考えた。
一人でも山に行けたな〜
でももっと慎重に準備しなきゃな〜
マップも必要だ〜
方向音痴とか言ってられないな〜
山はやっぱり楽しかったな〜
冒険みたいなのが好きだな〜
不安や寂しさもあったな〜
ソロ登山するなら登ったことがある山に片っ端から登ろ〜
一人で山に登る準備を始めようと思っていた。
いまもそうしようと思っている。

どうして山登りがすきかと訊かれたら、今はこう答える。
「無心になれて、夢中になれるから」
特別忘れたいこともないけれど、普段から忙しなく脳があちこちに寄り道しがちだから、ただただ山頂に向けて歩みを止めないという単純な一歩の繰り返しは頭が空っぽになってとてもいい。
面白い木やポツンと咲く花を探したり、流れてゆく雲を追いかけたり、「好き」を見つけて夢中になる時間が心地いい。
人と一期一会で瞬間的に交わる時間も好きなんだと思う。
会釈・挨拶、ちょっとした会話、山が好き・山登りが好きという共通点しか知らない人と紡ぐ一瞬がたくさんあって、その一瞬一瞬に心がじんわりするのが沁みるのだと思う。
どうして山が好きなのかと訊かれたら、今はこう答える。
「奇跡の連続を味わえるから」
山に限ったことではないけれど、その日その時間にしか見れない景色・出会えない植物や動物・嗅げない匂い・聞こえない音が確かにそこにある。
いつから存在するかわからない山に、何度も四季を乗り越えてきた木や植物があるだけでも奇跡なのに、少しの日・少しの時間のズレでその日の収穫が変わる。
自然の恩恵を受けて生きている実感が得られて、歴史を感じながら今生かされている意味を考える、それが適うのが山だから、私は山が好きなんだと思う。
一人も楽しかったけれど、誰かとの登山時間もやっぱり好きで、この日はこれまで一番多く一緒に山に登ってくれていた友を思い出す瞬間が多かった。
一人でできるからといって、一人のほうがいいわけじゃない。
山に登りながら思い出していた理由は、友ありきの登山で小さな習慣を築いてきてしまったからだと思う。
そういうことをまざまざと感じさせられ、山にも友にも感謝した一日だった。
これからの山行記録に乞うご期待です❤️
mana