美徳

ほんの些細なことだけど、
自分が座った席の机と床を掃き掃除して
椅子をきちんとしまい
綺麗に整えて帰る子は
将来有望だと思う。
躾かもしれないし、
その子にとっては当たり前のことかもしれないし、
私が黒板にそう書いているからかもしれないけれど、
きちんとそれを実行して
余裕があれば教室を一周して整理整頓して帰る。
そういう当たり前のことが無意識的にできることは、『崩す』や『くだける』がもっともらしいと錯覚している現代やこれからの時代では重宝されるかもしれないと思うし、
そういう美徳をもつ人が輝ける世界であってほしいと心から思います。
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習い事をさせる時に、親が子に何を期待してそこに飛び込ませるかはそれぞれの考え方があると思いますが、
受け入れる側は何よりも
人としての道理や作法を教える大人の一人であることを忘れてはいけないと思っています。
人間なので完璧ではないし、各々の価値観や基準・持ちあわせている道徳心からも伝えるものや伝える範囲が変わってきますが、
少なくとも子どもたちよりは人生を少しだけ長く歩んでいる者として、伝えられることはあるのではないでしょうか。
向き合う大人が一人だけだと、偏った考え方に陥ることもあるかもしれない。
それは、依存を生み、好ましいとは言えない。
だから、『みんなで子育てをする』という昔ながらの手法が必要で、現代ではそれが欠けているのではないかと危惧しています。
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細かくて、口うるさくて、面倒な先生
かもしれない。
けれど、
目が行き届かない、
自分の中の許容範囲が社会の秩序とはズレていて気づかないことや、
自分では教えられないことは
大人の誰かが我が子に教えてくれたらと思うし、
助けてほしいと思うから
お節介ながら、ブツブツと呟いています。
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学力を高めることや水準を満たすことに精一杯で、年々そういうことの教えが弱くなっている気がしています。
新しいスタイルに対する新しいルールを教えることに手一杯で、『そもそも』の部分に触れられていないとも…
この考え方が古くて時代遅れなのかと
時々立ち止まることがあるけれど、
やっぱり感じる違和感は正していきたいと思うし、
黙って見過ごす大人ではいたくないなぁと思う今日この頃です。
( * ´ ³`)
今日はこういうことを話したい気分でした(笑)
mana