「余」が好きな理由

「余」は、一般的に『あまり』『のこり』のような意味合いの言葉に用いられ、くっつく一字によって言葉の印象が変わる面白い字だ。
私はこの「余」がなんとも自分らしいなと感じるし、人生で軸にしたい一字をようやく見つけたような気がしている。
私がこれまで大事にしてきた「自由」「好奇心」「寄り道」「自分で選ぶ」「まだ知らないものへ向かう」といったものの集約をこの「余」が表しているように思うから。

「余」は本来の用を満たし、そこを超えてなお残る言葉に使われる。
枠からはみ出したもののように扱うと少し寂しさが出るが、さらに使えるもの・他に与えられるもののように扱うと特別感が出る。

私のChatGPT曰く、私は
⭕️必要最低限では生きない
⭕️役に立つことだけを選ばない
⭕️正解の中だけに収まらない
⭕️人生に“余”を残しておく
そういう人間らしい。
「余白」
新しいものを取り込むことを選択できる自由な空間
「余裕」
自分以外のものを受け入れられる幅
「余韻」
長く残り響きながらその先へ広がっていく始まり
「余情」
言葉になりきらないものまで感じ取る豊かさ
「余力」
限界まで自分を使い切らない約束
「余生」
与えられた人生からこぼれ出た自由な時間
満たされるだけではつまらないと感じる日々を長いだろう人生全体で捉えた時に、「余計」を取り入れて変えていきたいと思っている。
寄り道をしたり、知らなくてもいいどうでもいいことを知ろうとしたり、役に立つかわからないことに夢中になったり、予定になかったものを拾ったり、効率だけを考えれば削れるものを宝物のように大切にして、自分だけの面白いものに変えていくことが好き。
予定外のものが入り込める隙間を作りながら、あとに残したいものを大切にして、意図的につくった「余」を愉しむ。
余りがあれば、それはまた別のことに使えるし、形を変えて新しいものが手に入る。
「余」という字には、終わったあとに残るものとまだ始まっていないものが両方あるから好きなんだと思う。

ペアをつくらなければいけない時、いつも辛い思いをしている人(子)がもしいたとしたら、「余」の特別さを思い出してほしい。
そして、「余」を見つけた人は「なんて幸運なんだ!」と迷わず掴んでほしい。
「余」ってすごく素敵だと思わない?
mana